院長 溝井優生 の自己紹介
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院長よりご挨拶
溝井歯科医院は、姫路では老舗の歯科医院として知られています。親子三代四代にわたってお世話させていただいているお客様もおられます。私たちが、歯科医療のプロフェッショナルとして、お客様の信頼に答え続けてきたことが、このようなご愛顧に繋がっているものと感謝しております。
今まで歯医者さんといいますと、あのキーンという歯を削る音や神経に触る痛みを連想されていたかもしれません。歯医者さんというのは、怖いところ、できるだけ行きたくないところ、歯医者さんに行きたくなかったらちゃんと歯を磨きなさい!ところが、現実にはちゃんと歯を磨いていると思っている方よりも、歯医者さんできちんと定期健診をしてもらっている方のほうが、歯の状態は良いのです。
私たちは、ただ患者さんの歯を診断し治療する今までのような歯医者ではなく、歯のプロフェッショナルとして皆さまの食べる楽しみ、笑う喜びをご提供するパートナーでありたいと考えています。歯を治すだけではなく、幸せな生活を維持するための相談相手として、お気軽にご来院ください。
私たちは最新の技術と、皆さまとのパートナーシップを持って、最適な歯科医療を提供し、お客様の信頼に答えていきます。
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幼少の頃
2200g。これは私が産まれたときの体重です。いわゆる、未熟児として産まれてきました。
産まれてすぐ、母親に抱かれることもなく保育器の中で過ごしていたそうです。その影響で、私は小さい頃から身体が弱く、頻繁に風邪や気管支炎などで病院に通っていました。幼稚園に入る6才くらいまで、ほぼ毎日のように通院していました。また、いつも母親に連れられて病院に通っていたこともあり、母親っ子として育ち、いつも母の後を追いかけ回していたような子供でした。当時から衛生士をしていたので、歯の手入れは徹底的にしてもらっていました。おかげで、歯の大切さを幼き頃から自然と感じて育ったように思います。
父親は、母親とは対照的にとても厳しい人でした。口より手が先に出るような典型的な昔ながらの父親という感じでした。父は歯科医師ではなく一般の会社員だったのですが、仕事が忙しかったことと、多趣味なこともあり、平日も週末もほとんど一緒に遊んだ記憶がありません。なので、たまに遊んでくれたときの嬉しかった記憶は今でも鮮明に残っています。父親は海が大好きな人で、一緒にヨットに乗ったりしたことが、今でも一番の思い出です。ヨットに乗って花火を見たり、無人島に行ってキャンプをしたりしました。遊びの時も厳しい父親でしたが、とても嬉しかったです。
母親と父親のタイプは対照的ですが、今思えばとてもバランスの取れた両親だったのかなと感じます。昔は素直に表すことができませんでしたが、厳しくも優しく育ててくれた両親には、本当に感謝しています。
また、小さい頃から虫や生き物が大好きで、ポケットにいつも「だんご虫」を入れているような、ちょっと変わった子供でした。
小学校時代
小学校に入ってから、弱かった身体を鍛えるために、空手を始めました。最初は練習が大変でしたし、試合をやっても負けてばかり。身体を鍛えるために通っていたはずが、いつもケガをして帰っていたので、親からも心配されていました。
練習に行きたくないときもありましたが、生来の負けず嫌いを発揮して練習を続けていくうちに、次第に空手が上達していきました。
同時に身体もどんどん健康になっていき、空手も好きになり、どんどん熱中していきました。結局空手は中学校1年生まで続けたのですが、「茶帯」という位までいきました。小学校中学年以降は身体をこわすこともなくなり、小さい頃には考えられないくらい健康になりました。
今も、元気に仕事をできているのは、この頃に空手を一生懸命にやったおかげだと思っています。
高校時代
中学校時代は軟式テニスをやっていました。高校でもテニスをやりたかったのですが、軟式テニス部がありませんでした。
でもスポーツはやりたい。ただ、野球やバスケは中学生からやっている人には適わない。それに新しいことにチャレンジしたい。そこで、たまたま目に付いたのが「ゴルフ部を作ろう!」というチラシでした。「これだ!」と思った私は、迷わずゴルフ部に入りました。
そこから今度はゴルフに熱中する高校時代が続きました。今でこそ石川遼選手や、多くの若い女子選手の影響でゴルフをしている学生は増えているようですが、当時はほとんどやっている人はいませんでした。実は、兵庫県の公立高校で唯一のゴルフ部だったのです。電車通勤をしていたのですが、学ランでゴルフバッグを背負っていると、周囲から奇異な目で見られたものです。
また、顧問以外のゴルフ好きの先生達とラウンドをしたりもしていました。ラウンドに行くときになると、なぜか多くの先生が引率してくれていました(笑)こんな、普通の高校生ではなかなかできないような多くの体験をした高校時代でした。
高校2年生で人生の転機が・・・
ゴルフに熱中していた高校時代はあっという間に過ぎ、いよいよ高校2年生の夏となり、受験の時期に差し掛かってきました。そろそろ、将来の進路を決めなくてはいけない時期です。
実は、私は歯科医師になるつもりは全くありませんでした。中学生の頃からずっと、調理師になりたかったのです。なぜ調理師かというと、大の魚嫌いが、ある美味しい料理を食べたことで、一気に克服できたからでした。あまりの美味しさで、一口食べた瞬間に魚嫌いが直ってしまったのです。これには本当に感動しました。
「美味しい料理は人の人生まで変えることができるのか!自分も多くの人に料理で同じ感動を味わってもらいたい!
「多くの人の人生を、自分の力で良い方向へ変えてみたい!」
そう強く思い、中学生の時に調理師になることを決断したのです。
しかし、そんな私がなぜ歯科医師になったのか?
これには、当院の前院長である祖父と、私の1才上の兄が関係してくるのです。実は、全院長の跡を継ぐのは兄のはずでした。兄は中学の時から歯科医師を目指していました。兄は小さい頃からずっと祖父や両親から期待されていました。小学校時代、私が遊んでいるときも、兄はいつも勉強をしていました。私は子供心に「大変そうだなぁ」と思っていましたが、兄は一生懸命頑張っていました。
そして、ついに兄が歯科大学を受験!・・・という時に事件は起こりました。
なんと、兄は急に「俺は歯科医師にならない!」と宣言したのです。
これには祖父も両親も仰天しました。特に祖父はそれまで元気そのもので、ほとんど病気になったことないにも関わらず、ショックのあまり倒れ、入院してしまったのです。
自分の子供(私の父親)が医院を継がなかったために、孫へ幼少の頃から期待をかけ、自分の跡を継いでくれると信じていたために相当なショックだったのでしょう。
その時、私は、そんな事件が起こっているとは知らず、オーストラリアでホームステイを楽しんでいました。そして、祖父が倒れた数日後。楽しかったホームステイでのテンションそのままに、何も知らないまま帰国しました。
そして、私の帰国を空港で待っていた両親と合流。お土産話をしようとする私を制し、無言で病院へと連れて行ったのです。
そして、祖父が入院している部屋に連れていき、そこで初めて起こっていることを知ったのです。そして、祖父は私と会うなり、言ったのです。
「優生、歯科医師になってくれ。俺の跡を継いでくれ・・・」
兄のことを聞いたときもまだ他人事に感じていた私は、耳を疑いました。
「嫌だ。俺は調理師になって多くの人を幸せにするんだ!」
しかし、簡単に折れる祖父ではありません。歯科医師がいかに素晴らしい仕事なのかを延々と語ったのです。そして、その祖父の話で結局は歯科医師になることを決断したわけですが、そのキッカケとなる言葉がありました。
「食事をするというのは、枝の部分だ。もちろんそれで人を幸せにすることは素晴らしい。でも、歯は『幹』の部分なんだ。美味しい食事で人生を豊かにすることも、歯を治して患者様の人生を豊かにすることも同じ事だと思わないか?」
この言葉を聞いて、私はショックを受けました。私は、料理をしたかったわけではなく、人を感動させたり、人生を豊かにすることが本当に求めていることなのだと気がついたのです。そして、歯科医師になることでそれが実現できると感じることができたのです。
そして、兄の代わりに私が歯科医師を目指すことになりました。しかし、ここからが本当に大変でした。小さい頃から歯科医師を目指して勉強していた兄とは違って、私はそこまでは勉強はしていません。決心してからすぐに家庭教師が付き、塾にも通い出しました。
そして、約1年。必至の猛勉強をした末に、無事に現役で歯科大学に合格することができたのです。この後は大学入学後も、そして、国家試験の時も、歯科医師になるため、多くの方の人生の豊かさに貢献するために必至で勉強しました。
そして、無事に歯科医師になることができたのです。
このときの兄の事件がなかったら、また、祖父が私の求めていることの本質に気付かせてくれなかったら、今、私が歯科医師になっていることはなかったでしょう。
今は、その祖父から医院を引き継ぎ院長となりました。今でも祖父が私に話してくれたことを大切に、また、患者様の口の健康を実現し、人生を豊かにすることで多くの感動を与えていくため頑張っています。
私は溝井歯科医院を、「怖い」「行きたくない」という歯科医院ではなく、みなさんに親しんでいただける、そして多くの患者様に『感動』を与える歯科医院にしていきたいと思っています。
院長が本に紹介されました!
「患者さんがすすめる 歯科インプラントならこの先生」(歯科インプラント編集委員会) に当院の院長が紹介されました。
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